目次 · 読了時間 約13分
📱 カードニュースで見る
バレンシアCFの9月は、とりわけ重い月になっています。9月中旬にはコルベラン監督とサッカー部門CEOが同時に退任し、ラ・リーガを7試合消化した現在、勝ち点4の20チーム中19位です。
ところが同じ時期、クラブの財務サイドではまったく種類の違うニュースが相次いでいます。2026-27シーズン限りで離れるホームスタジアム、メスタリャ(Mestalla)の土地を買いたいというデベロッパーたちが、1億5,000万ユーロ前後の拘束力のない入札価格を提示したという話です。
成績はどん底なのにスタジアムの土地では大きな取引が進んでいる、このちぐはぐさが気になって、今回はバレンシアの最後のメスタリャ・シーズンをマーケティングの視点で整理してみることにしました。
このスタジアムは去る9月5日の記事(「最後のシーズンと、7万席の新スタジアムの命名権交渉」)で既に取り上げました。その記事では観客・シーズンチケットの構造、スポンサーと広告、財務と新スタジアムの資金調達、ネーミングライツ交渉を扱っています。
それから1ヶ月も経たずに改めて書く理由は、その記事では扱えなかった事情が3つ新たに出てきたからです。1つ目は、旧スタジアムの敷地売却が拘束力のない入札価格が行き交う段階に入ったことです。
2つ目は、9月中旬に監督とサッカー部門CEOが退任し、9月22日に新監督が選任されたことです。3つ目は、新スタジアムのプレミアム商品3種類が完売し、9月16日には新商品が出たことです。
今回はこの3点に加えて、新スタジアムが16年間止まっていた背景、観戦情報、チームの現状を扱います。逆に前回の記事で扱った観客数値、シーズンチケットの割引、スポンサー概要、資金調達構造は改めて書いていないので、必要な方は前回の記事も合わせてご覧ください。
メスタリャという名前は、10~11世紀のムーア人時代に作られた灌漑用水路から来ています。ウィキペディアによれば、かつてこの水路は南側スタンドの外を流れていて、スタジアムに入るには水路を飛び越える必要があったそうです。
このスタジアムでは1982年のワールドカップと1992年のバルセロナ・オリンピックの試合も行われました。

写真: slayer from Hsin Chu, Taiwan · Wikimedia Commons · CC BY 2.0 · 2008年12月撮影、観客入場通路(ヴォミトリー)から見たメスタリャ
16年間止まっていたコンクリートの骨組み — 「幽霊スタジアム」になったノウ・メスタリャ
新スタジアム、ノウ・メスタリャ(Nou Mestalla)の話は2007年8月1日の着工にさかのぼります。当初の目標は2009年の開場でした。
しかしスペインの不動産バブルが崩壊し銀行危機が起こったことで、クラブの負債は5億5,000万ユーロ前後まで膨らみ、2009年2月に工事が止まりました。
それまでに1億ユーロほどが投じられた工事が残したのは、外装のないコンクリートの骨組みだけで、英語圏のメディアはこの構造物に「幽霊スタジアム(ghost stadium)」というあだ名をつけました。その後2011年から2020年にかけて新しい計画が何度も発表されましたが、いずれも実行されませんでした。

写真: Ravave · Wikimedia Commons · CC BY-SA 3.0 · 2013年3月18日撮影、工事が止まったノウ・メスタリャの骨組み
工事は2025年1月10日、16年ぶりにようやく再開され、クラブは2027年7月11日の完成を目標に掲げました。
最近の進捗はかなり具体的です。9月4日、クラブは屋根の主構造を持ち上げる「ビッグ・リフト」に着手したと公式発表しました。
圧縮リング(屋根の縁を丸く支えるリング状の構造物)に取り付けた油圧ジャッキで屋根全体を同時に持ち上げる方式で、作業はこれから数週間にわたって続きます。
その後には補助屋根構造と外膜の設置が残っています。
バレンシアはどんなチームか — チャンピオンズリーグ決勝2連続進出、今は降格圏
バレンシアは1919年3月18日に創設され、ラ・リーガ優勝6回(最近は2003-04シーズン)、コパ・デル・レイ8回を記録しています。
2000年と2001年にはチャンピオンズリーグ決勝に連続で進出しましたが、レアル・マドリードに0-3、バイエルン・ミュンヘンにPK戦で敗れました。2014年にシンガポールの億万長者ピーター・リムが株式70.4%を取得して以降、負債と監督交代が相次いでいます。
今シーズンは前シーズンを9位で終え、ヨーロッパカップ戦なしで開幕しました。開幕後5試合で勝ち点1に終わると、9月中旬にコルベラン監督とロン・ガーレー・サッカー部門CEOを含むスポーツ部門の人事が一斉に退任し、オサスナから29万ユーロで獲得したブラウリオ・バスケスがスポーツディレクターに就任しました。
続いて9月22日、ハビエル・アギーレ監督の選任が発表されました。メキシコ代表を率いてワールドカップを戦った直後に来た監督で、2026-27シーズン終了までの契約で1年の延長オプションが付いているそうです。
9月30日のラ・リーガ公式順位表で、バレンシアは7試合1勝1分5敗、勝ち点4の19位です。
バレンシア観戦前に知っておきたいこと
最寄りの地下鉄駅は5号線のアラゴン(Aragón)駅で、バスは10番、98番、C3番が走っています。現地の観戦ガイドは、周辺が住宅地のため駐車が難しいので車で行かないよう勧め、保安検査を受けて急な傾斜の観客席まで上るには、キックオフの60~75分前に着くのがいいとしています。
市内中心部からはトゥリア庭園を横切って徒歩20~25分だというレビューもあります。チケットはクラブの公式チャネルでのみ購入するのが安全で、中立の観客ならゴール裏よりサイドスタンドの方がいいという助言が多いです。
ただ今シーズンは事情が違います。シーズンチケットの更新がほとんどで、一般販売分は多くなさそうです(詳しくは後述の「観客とチケット」を参照)。
新規加入は応援席(16~30歳)200席前後にのみ開かれています。スタジアムツアー(メスタリャ・フォーエバー・ツアー)は試合日は午前のみの運営です。
現地のあるスポーツ旅行ブロガーは、キックオフ前にメインスタンド前でバンドが演奏し、到着する選手団バスをファンが歓声で迎える様子を書いていました。チケットがなくても楽しめる試合前の儀式というわけです。
このレビューを読んでマーケターとして思ったのは、こうした入場前のコンテンツの多くがスタジアム外の道路や広場で生まれているという点です。新スタジアムがプレミアム施設をスタジアム内に密に詰め込むほど、この無料の儀式がどこで続いていくのかが商業的にも重要な問題になりそうです。
選手団バスが到着する場面は、下の2013年の写真でも見ることができます。

写真: Dorieo (Jerónimo Roure Pérez) · Wikimedia Commons · CC BY-SA 4.0 · 2013年9月、バレンシア対バルセロナ戦を控えたメスタリャ外観
観客とチケット
今シーズンのシーズンチケット更新率が99.5%に達したという報道が8月に出ており、新規加入は事実上締め切られています。
前回の記事で扱ったシーズンチケット価格の凍結を踏まえ、今回新たに確認できたのは一般販売の方です。一般販売価格は約15%上げたという報道があります。
ロイヤル顧客は固定し、残った席の価格で収益を調整する定石的な手法です。
スタジアムの収容人数の限界がそのまま収益の限界だった点は、2024-25シーズンの数値に表れています。試合日収入(入場券とシーズンチケット)は2,640万ユーロにとどまり、プレミアム席は全体で1,000席に届かず、1試合あたりの販売分は500席前後でした(前回の記事の「500席未満」はこの1試合あたりの販売分を指します)。
前回の記事で紹介した新スタジアムのプレミアム企画のうち、メディテラニアン・スイート、スイート、ロッジの3商品は既に完売しており、契約条件は最低4席、最低6シーズンです。
9月16日には、シーズン2,150ユーロ(税別)からのブロンズ・クラブが登場しました。1,000㎡を超える専用テラスと飲食サービスが含まれ、座席は東側サイドです。
上位商品が売り切れた後に価格帯を下げたラインナップを追加する順序です。
施設企画・コンサルティング会社レジェンズ(Legends)が算定した新スタジアムの年間収入予想は8,100万ユーロで、そのうちシーズンチケットと一般入場券が3,640万ユーロ、プレミアム席が2,460万ユーロです。
クラブが掲げる目標はスタジアム直接収入の3倍で、両方の数字を単純比較すると2,640万ユーロから8,100万ユーロへと3倍をやや超えます。新スタジアム開場1年前にプレミアムが先行して売れる先行販売の構造は、工事資金の面でも意味が大きいです。
ネーミングライツとスポンサー — TMグループ、そしてまだ名前のない新スタジアム
新スタジアムの名前はまだ決まっていません。前回の記事で扱ったエレベート(Elevate)との交渉は、私が確認した9月30日時点で発表された契約はありません。
新たに確認できたのは方式です。スポンサー名をメスタリャという名前と併記する方式を検討しているそうです。
命名する相手を1年以上探している間に、新スタジアムの他の商業商品が先に売れていっている点が目を引きます。
前回の記事で紹介したユニフォームのメインスポンサー、TMグルポ・インモビリアリオ(TM Grupo Inmobiliario)は、今回は別の文脈で名前が出てきました。メスタリャの敷地入札の候補としても挙がったのです。
スタジアムDBとエル・デスマルケが候補リストにこの会社を挙げた一方、最終候補3社(プリコンサ(Pryconsa)-アティトラン(Atitlan)、ネイノール(Neinor)、アルヒス(Argis)-ベルトリン(Bertolín))を挙げた別の報道には入っていません。
候補に残っているかどうかはともかく、メインスポンサーがクラブ資産の潜在的な買い手としても同時に挙がる構図は、スポンサーシップ契約の利害関係条項が気になる部分です。
旧スタジアムの敷地売却とクラブの財政
メスタリャを売却しようとする試みは、今回が3度目です。最初の試みは新スタジアムの着工の頃、2度目は2019年で、2019年にはADUメディテラネオが1億4,000万ユーロを提示したことがあります。
2025年10月、クラブは不動産コンサルティング会社CBREに3度目の売却を委託しました。メスタリャは2025年時点で102年のスタジアムで、スペインのプロサッカースタジアムの中でエル・モリノンに次いで2番目に古いものです。
売却後は解体され、住宅・商業施設が建設されます。
9月に入り、入札のニュースが相次いでいます。スタジアムDBは30社ほどが関心を示し、拘束力のない提案が1億2,000万~1億5,000万ユーロ、一部は1億5,000万ユーロをやや超えると伝え、エル・エスパニョールは外国系ファンドが先行していて提案額が1億5,000万~1億7,000万ユーロだと報じました。
メディアによって幅が異なる以上、クラブが公式に発表した金額ではない点は踏まえておく必要があります。敷地面積も7万5,000㎡(エル・ディアリオ)から9万㎡(スタジアムDB)までと記載が分かれています。
建築許可面積は10万~12万㎡で、住宅は400~500戸、29階107.7mのタワー計画が含まれ、社会住宅はありません。売却の締め切り時期は10月という見方と年内という見方が分かれ、クラブは10月27日までに都市開発計画案を提出しなければなりません。
この資金が必要な理由は負債です。ボスポプリ(Vozpópuli)は、判明している負債が2024-25シーズン基準で約5億3,000万ユーロだと伝え、ピーター・リムが個人融資3,500万ユーロを資本に転換して株式比率を92%超まで引き上げると同時に、敷地売却代金1億5,000万~1億6,500万ユーロが入れば、合わせて2億ユーロ以上の負債が減るシナリオを示しました。
同メディアは、新スタジアムが開場した後の2027-28シーズンにリムが株式を売却する可能性にも触れていますが、これは確定した事実ではなく見通しです。
前回の記事で触れたとおり、売却代金は新スタジアムの資金返済に使われますが、今回の報道はゴールドマン・サックスの債務返済やファイナンシャル・フェアプレー(FFP)規定を満たす必要性まで挙げています。結局、新スタジアムを建てる資金を旧スタジアムを売って用意する構造であり、だからこそ2つのスタジアムが1シーズン重なる今が最も敏感な時期なのです。
メスタリャの最後のシーズンをどう売っているか
メスタリャは104年間で3,000試合以上を行い、ラ・リーガの試合だけで1,503試合を開催しました。今シーズンの最後のリーグ公式戦ホームゲームは2027年5月16日、第37節のエルチェ戦で、現地メディアはクラブとファンがこのシーズンを「お別れのシーズン」と呼んでいると伝えています。
シーズンチケット価格の凍結と99.5%の更新率は、この感情が商業的な成果につながった結果だと見えます。最後だからという理由でシーズンチケットの値段を上げる代わりに、4万人をそのまま引き留める方を選んだわけです。
もう一つ注目すべき点は移動の経路です。旧スタジアムは市内中心部から徒歩20~25分の距離ですが、新スタジアムは旧工場跡地があったベニカラップ地区に建てられます。
KBOと比べてみると
前回の記事では、韓国国内のスタジアムの大半が地方自治体の所有だという点を取り上げましたが、今回の事例は、その所有構造が「資産売却」という選択肢をどう分けるのかを示しています。
バレンシアの方式はクラブがスタジアムの所有者だからこそ可能な選択であり、チャムシル野球場はソウル市の施設をソウル施設公団が管理し、LGと斗山が2000年1月1日から委託運営する構造で、2025年の利用客は306万人と集計されました。
この構造では、クラブが旧スタジアムの敷地を売って新スタジアムの資金を用意するという選択肢は、そもそも存在しません。委託運営のクラブが作れる収益は、入場、広告、グッズといった運営収益に限られます。
長所と短所がはっきりしています。所有クラブはバレンシアのように資産を売って資金を作れますが、16年間工事が止まったまま持ちこたえるリスクも自ら負います。
委託運営のクラブには、そもそも資産を処分する権限がありません。
どちらが優れているとは断定しにくいですが、バレンシアが今やろうとしているのはスタジアムを建てることそのものではなく、スタジアムという資産を別の資産に換える財務上の作業だという点は、国内のクラブにとっても参考になる事例だと思います。

Leave a Reply