📱 カードニュースで見る
移籍市場の締め切りが迫っていた9月1日、アトレティコ・マドリードへ移籍したイ・ガンイン選手に関する記事をまとめていたところ、彼を実際に育てたクラブは別にあるという事実にふと思い当たりました。
11歳でスペインに渡り、育成年代をまるごと過ごした場所、バレンシアCFの本拠地メスタージャです。
ちょうどバレンシアは1923年に開場したこのスタジアムを2026-27シーズン限りで去り、2027年に新スタジアムへ移る準備を進めているところで、現役マーケターとしては、いつか自分たちのクラブも新スタジアムへ移転できるかもしれないという羨望と期待から、この機会にきちんと掘り下げてみることにしました。
観客とチケット
バレンシアは2025-26シーズン、ラ・リーガとコパ・デル・レイを合わせてメスタージャに89万8,367人を集めました。
19試合ベースで平均4万4,918人となり、サッカー統計メディアのトランスファーマルクト集計によれば、ラ・リーガ全スタジアムの中で座席数に対する実来場者比率(稼働率)が90.4%と最も高い数値でした。
4万9,430席規模のスタジアムでこれだけの稼働率が出るということは、座席数自体は大きくなくても、チケットをほぼ無駄にせず埋めているということです。
レアル・マドリード戦には4万7,537人が詰めかけ、今シーズンの最多記録となりました。

出典: Wikimedia Commons(Anidae、2023年12月バレンシア対バルセロナ戦にて撮影、CC BY-SA 4.0)
「2026-27シーズンシーズンパス(アボノ)」キャンペーンでは基本価格を据え置き、代わりに割引の仕組みを見直しました。
シーズン全試合の100%出席で15%、80%以上出席で10%の割引を与える仕組みで、足繁く通うファンほど手厚く報われる構造です。
さらに今シーズンからは16~30歳限定の応援席「グラーダ・デ・アニマシオン」を310ユーロから新設し、若年層の取り込みを狙っており、シーズンパスは今回も約4万枚の水準で完売しました。
新スタジアムへ移る前の最後のシーズンという特別な意味合いからか、今回のシーズンパスキャンペーンを伝えた地元メディアの報道でも、「一緒に行こう」という趣旨のキャンペーンコピーがひときわ目を引きました。
空間活用とF&B
実際にメスタージャを訪れた海外サッカー旅行ブロガーたちのレビューをいくつか見てみると、共通して出てくる表現が「大釜(カルデラ)」でした。
観客席の傾斜が急なため、上段の席からでもピッチが真下に落ち込むように見え、そのおかげで歓声が外に逃げずに中で渦を巻き続けるのだそうです。
ただし、同じレビューの多くが口をそろえて指摘していた点もあり、設備そのものは年季を隠せないということでした。
コンコースは狭く、売店も飲料やビールを売る簡易ブース程度にとどまっているというのが、現地観戦者たちの共通した印象でした。
マーケターの立場から見ると、これはかなりおなじみのジレンマです。
古いスタジアムならではの密度の高い雰囲気はそれ自体が資産である一方、マッチデー売上を伸ばすには結局広いコンコースと多様なF&B店舗が必要で、この二つは構造的に衝突しやすいのです。
バレンシアが準備中のノウ・メスタージャは、このジレンマを新築という形で正面から突破しようとする構想です。
7万44席規模でスペイン第4位の大きさのスタジアムになりますが、それ以上に目を引くのはプレミアム席(ホスピタリティ)が現在の500席未満から6,500席へと、13倍近くに増える点です。
さらに常時営業可能な飲食・物販・イベントスペースを備え、試合がない日でも売上が発生する年中無休型の施設として設計されており、スタジアム周辺の公共スペースも2万平方メートル増える予定だといいます。
現在のメスタージャが街の中心部にあり、観光動線と自然に結びついている点も、マッチデーガイドのブログが共通して挙げる強みで、新スタジアムを建てる際にも生かしたいポイントに見えました。
グッズ(MD)と広告インベントリー
バレンシアのユニフォームメインスポンサーは不動産・リゾート企業のTMグルポ・インモビリアリオです。
2023年夏の最初の契約は2年間の固定額に成果に応じた変動額を加える条件(固定分だけで約300万ユーロ前後とされます)でしたが、その後2028年までの再契約で延長され、トップチームだけでなく女子サッカーチーム・下部組織アカデミーまで契約範囲が広がりました。
キット製造はプーマが担当し、袖スポンサーは保険会社ディビナ・セグロスです。
クラブのロゴの話が出たついでに、もう一つ触れておきたいのがバレンシアの愛称「ムルシエラゴス(コウモリたち)」です。
クラブ公式資料によれば、このコウモリのシンボルは古くからエンブレムに描かれ現在まで受け継がれており、メスタージャを設計した際に一部の柱の構造がコウモリのシルエットを表しているという話も伝わっています。
マスコットの「アムント(AMUNT)」も、2001年のバイエルン・ミュンヘンとのチャンピオンズリーグ決勝が行われたシーズンに初めて登場したもので、コウモリとフクロオオカミ(タスマニアデビル)を掛け合わせた独特の外見をしています。
名前自体は「前進」を意味する応援のかけ声から取られており、長年にわたってファンたち自身が磨き上げてきた表現なのだそうです。

出典: Wikimedia Commons(Mister No、2014年12月撮影、CC BY 3.0) — クラブ博物館に展示されたトロフィーとユニフォーム
クラブ公式ショップのメスタージャ・ストアもGoogle評価4.4(レビュー775件)と安定した評価を得ており、古いスタジアムであっても物販やファン体験の管理は、それなりにきめ細かく運営されているという印象を受けました。
放映権と地域経済効果
ラ・リーガ全体で見ると2025-26シーズンの国内放映権収入は約11億2,000万ドル規模と集計されていますが、バレンシア単体のクラブ収益はむしろ前年より減少しました。
2024-25会計年度の実績を見ると、収益は1億367万ユーロで前年(1億690万ユーロ)から減少しており、直近シーズンの成績不振でラ・リーガの順位配分金が減ったことに加え、プライベートエクイティのCVC(2021年にラ・リーガへ出資する代わりに、今後数十年にわたって放映権収益の一部を受け取る契約を結んだ資本パートナー)との配分契約分も併せて減った影響だとクラブは説明しています。
ただし収益が減った一方で営業利益は2,380万ユーロと、前年(1,600万ユーロ)よりむしろ増加し、負債構造を組み直したこと(リファイナンス)で運転資本もマイナス9,430万ユーロからプラス1億6,020万ユーロへと転じました。
支出を絞りながら、まず財務体質から立て直している様子がうかがえます。
ノウ・メスタージャの建設資金の話の方が、むしろ大きな見どころです。
2007年に着工しながら2009年の金融危機で中断し、十数年にわたって鉄骨の骨組みだけが残っていたこのプロジェクトは、2025年に入って3億2,200万ユーロ規模の資金調達(28年満期債券2億3,700万ユーロ+5年満期ローン8,500万ユーロ)によって再び動き出しました。
このローンは完成後、現在使用しているメスタージャの敷地を売却した代金で返済する構造だとされています。
スタジアム専門メディアのスタジアムDBによれば(2026年9月更新)、プロジェクト全体の費用は約4億4,000万ユーロと見積もられており、完成目標は2027年夏です。

出典: バレンシアCF公式資料(2026年9月4日撮影、ⓒ Valencia CF・StadiumDB.com経由) — 建設中のノウ・メスタージャの航空写真
これに加えてバレンシアは昨年8月、米国のスポーツマーケティング代理店エレベートを新スタジアムの命名権(ネーミングライツ、施設に企業名を付ける権利)販売のパートナーに選定したと発表しましたが、この会社はエヴァートンの新スタジアムに「ヒル・ディキンソン・スタジアム」という名前を付ける契約を成立させたところです。
クラブ側は今回の交渉をヨーロッパでも屈指の規模の契約にしたいとしていますが、1年以上相手を探し続けている状況を見ると、簡単な交渉ではなさそうです。
オーナーであるピーター・リム氏の息子、キアット・リム氏が昨年3月に新会長に就任しており、リム家のメリトン・ホールディングスがこれまでクラブに投じた資金は2億ユーロを超えるとされています。
KBO・Kリーグとの比較
バレンシアの新スタジアムの資金調達方法を見ていて、韓国国内の事例と比較したくなる点が一つありました。
バレンシアは自治体の支援なしにクラブ自らが債券を発行し、完成後には現在使用中のスタジアム用地まで売却して借金を返済する、純粋な民間資金の仕組みで新スタジアムを建設しています。
一方、韓国のプロスポーツ球場はほとんどの場合、自治体が敷地と建物を所有し、クラブはその中でテナントのような形で使用する構造です。
光州・起亜チャンピオンズフィールドや昌原NCパークのように比較的最近建てられた球場も、同様に自治体予算が投じられた公共施設です。
もちろん、どちらが優れているかを一概に決められる問題ではありません。
自治体が建ててくれればクラブは初期投資の負担なく試合に専念できますが、バレンシアのようにクラブ自身が資金を調達すれば、ホスピタリティ席の拡大や常設イベントスペースのように、収益最大化に特化した設計をクラブの意向どおりに進められるという違いがあるように見えました。
メスタージャで過ごす最後のシーズンを見守りながら、100年以上かけて積み上げてきたあの大釜のような雰囲気を、新スタジアムでどこまで受け継げるのか、個人的に気になっています。
命名権交渉の行方も含めて、バレンシアの今後の動きを引き続き見守りたいと思います。

出典: Wikimedia Commons(Francesc Fort、2023年5月撮影、CC BY-SA 4.0) — メスタージャ正面ファサード

Leave a Reply