📱 カードニュースで見る
以前の投稿「ニューヨークの二つの球団、ヤンキースとメッツ(7月9日マーケター・インサイト投稿)」でヤンキースを少し取り上げたことがありますが、世界最高の価値を誇るニューヨーク・ヤンキースというブランドをこのまま見過ごすわけにはいかないと思いました。
出張でニューヨーク・ヤンキースの本拠地に5回ほど足を運んだことがありますが、今回はマーケターの視点でニューヨーク・ヤンキースをデータを中心にもう一度詳しく見てみようと思います。

2024年、ヤンキー・スタジアムで観戦した際に撮った写真
フォーブスが今年3月に発表した2026年のメジャーリーグ球団価値ランキングを見ていて、目を引く数字を一つ見つけました。
ニューヨーク・ヤンキースが85億ドル(約1兆2,700億円)と評価され、CBSスポーツの表現を借りれば「MLB史上初めて80億ドルを超えた球団」になったというニュースでした。
1998年にフォーブスがこのランキングを発表し始めて以来、一度も1位を譲ったことがない球団ですが、ちょうど2位のLAドジャースが1年で差を14億ドルから7億ドルへと半分に縮めてきたことで、この構図自体が話題になりました(2年前まではその差は21億ドルでした)。
現役マーケターとして興味深かった点は別のところにあります。
ヤンキースの2025シーズンの推定売上は7億1,000万ドルでドジャース(8億5,000万ドル)より少ないのに、営業利益はむしろマイナス5,300万ドルだという点です。
売上と球団価値は最高なのに損益は赤字というこの不均衡こそ、ヤンキースというブランドが実際の帳簿上の収益性ではなく、長年積み重ねてきたブランド資産そのものによって評価されている証だと思います。

出典: mlb.com/yankees(ヤンキース公式サイト)ヤンキー・スタジアム紹介ページのキャプチャ
ファンと観客
ベースボール・リファレンスの公式記録によると、ヤンキースは2025年レギュラーシーズンのホームゲームで通算339万2,659人、1試合平均4万1,885人を集め、アメリカンリーグ15球団中1位を記録しました。
ヤンキー・スタジアムの公式収容人数は4万6,537席なので、平均座席占有率は約90%に達します。
専門レビューサイトのスタジアム・ジャーニーは、2013年から2023年の間にヤンキースがプレーオフに3回進出できず、平均観客数が4万人を下回ったシーズンも3回あったと指摘しつつも、2024年のワールドシリーズ進出を機に観客の熱気が再び戻ってきたと評価しています。
このサイトはヤンキー・スタジアムに「FANFARE」という独自の5点満点評価指標(食事・雰囲気・周辺商圏・ファン・アクセス・費用対満足度・付帯施設の7項目を総合した評価体系)を適用し、総合4.14点をつけていますが、付帯施設項目の「Extras」では満点の5点をつけていました。
空間活用とF&B
ヤンキー・スタジアムの飲食運営はレジェンズ・グローバル(Legends Global)という専門運営会社が担っていますが、ここで注目したいのは有名シェフの名前をそのまま店舗ブランドに掲げる方式です。
ボビー・フレイの「ボビーズ・バーガーズ」、マーカス・サミュエルソンの「ストリートバード」、デイビッド・チャンの「フク」、クリスチャン・ペトローニのガーリックブレッド・ミートボール店まで、セレブシェフとのライセンス提携をコンコース(観客席周りの通路空間)の各所に配置し、飲食売上そのものを一つのブランド体験に仕立てています。
2025シーズンには105区域に「チェンジアップ・キッチン」という新しいダイニングスペースを開設し、ポルケッタサンドイッチやロブスターロールといった高級メニューをゲストシェフとともに巡回させており、2026シーズンにはアップルパイ・ナチョス、和牛パティ2枚を使った99バーガー・MVPバーガー、チキンテンダー12個とドリンク4杯をセットにした「ダイヤモンドディール・バケット」など新メニューを多数投入しました。
ただ、試合が始まるとコンコースが急激に混み合い、売店の行列が長く延びるという指摘が繰り返し出ています。スタジアム・ジャーニーのレビューも「食べ物や飲み物を買うなら早めに動くのが一番」とアドバイスしていましたが、セレブシェフの店というコンテンツが優れていても、それを消費するための物理的な導線設計が追いついていなければ、結局は顧客体験の指標が下がってしまうのだと改めて感じました。
華やかなF&Bラインナップを揃えることと、それをスムーズに提供できるコンコースの幅・売店配置は別の問題だということを示す事例です。

出典: mlb.com/yankees(ヤンキース公式サイト)2026年ダイニングガイドページのキャプチャ
グッズ(MD)
CBSスポーツが集計した2025シーズンMLBジャージ販売ランキングで、アーロン・ジャッジのユニフォームは大谷翔平に次いで2位となりました。
歴代の記録に目を向けるとさらに興味深く、ジャージを公式に製造してきたマジェスティック・アスレティックの関係者は、デレク・ジーターの2番ユニフォームを「史上最も売れた野球ユニフォーム」に挙げています。
個々のスター選手のジャージだけでなく、インターロッキングNYロゴ自体がライセンス商品全体で常に最上位を維持してきた球団という点で、ヤンキースは成績にかかわらずグッズ売上を守れる数少ないスポーツブランドの一つだと言えそうです。
広告インベントリとネーミングライツ
デルタ航空はヤンキースの公式航空会社パートナーとして、本塁後方の218〜222区域上段を占める「デルタ・スカイ360スイート」にその名を掲げています。
室内ラウンジと屋外テラスを備えたこのプレミアム席以外にも、レフト側スコアボードの広告板、本塁・ベースライン沿いのローテーション看板、センターフィールドのHDスクリーンやテラスレベルのLEDブランディングまで、デルタの露出ポイントは球場のあちこちに散らばっています。
ところが、私が実際に目を引かれたのはヤンキー・スタジアム自体にはネーミングライツ(球場名に企業名を付ける権利)がないという事実です。
最近開場する新球場の多くが開場と同時に企業名を付けるのとは違い、ヤンキースはあえてその収益を放棄し、球団名そのままで球場名を維持しています。
これはおそらく、すでに「ヤンキー・スタジアム」という名前自体が世界に通じるブランドであるため、むしろ名前を売らないことのほうが長期的に大きなブランド資産になると判断したのだと思います。
チケット
スタジアム・ジャーニーがまとめた価格帯を見ると、外野上段の席は15ドル未満でも手に入り、立見席に12ドル相当のドリンクが含まれる「ピンストライプ・パス」は24ドルから始まります。
ただ、内野や下段の席に移ると価格は三桁まで跳ね上がり、デルタ・スカイ360スイートは座席基準で325ドル前後から始まります。
複数のチケットプラットフォームが共通して挙げる特徴は、ヤンキースがMLB全体で平均チケット価格が最も高い球団の一つだという点で、これは先に見た平均観客数90%という高い座席占有率と相まって、チケット売上そのものの安定性を支えています。
放映権
ヤンキースが保有する地域スポーツチャンネルYESネットワークは、2019年にディズニーが売却した80%の株式をヤンキース・アマゾン・シンクレア放送グループのコンソーシアムが34億7,000万ドルの価値で買い戻したことで話題になりました。
それ以降、毎年21試合をアマゾン・プライム・ビデオで独占ストリーミングする契約を続けていますが、ニューヨーク州・コネチカット州・ニュージャージー州北中部・ペンシルベニア州東北部などヤンキースの地域放送権エリア内にいるプライム会員であれば追加費用なしで視聴できます。
2022年時点では放送関連売上だけで1億4,300万ドルが報告されています。ケーブル中継という伝統的な収益モデルにストリーミング・パートナーシップを重ねて視聴接点を広げつつ、放映権料という中核の収益源はそのまま守る二重化戦略というわけです。
地域密着と経済効果
ニューヨーク市経済開発公社(NYCEDC)は、2026シーズンのヤンキースのホームゲームがニューヨーク市に約5億ドルの経済効果をもたらすと予測しました(ニューヨーク・メッツのホームゲーム3億ドルを加えた両球団合計の予測値は8億ドルです)。
ブロンクス区長はこの発表で「161番街の商店街に何世代にもわたって店を構えてきた老舗の店々」を直接挙げ、野球シーズンが地域の小規模事業者に実質的な活力を与えていると強調しました。
ただ、スタジアム・ジャーニーは球場周辺の街並みがブロンクスの誇りに比べて整備が行き届いておらず、ゴミが多い点を惜しい部分として指摘していましたが、経済効果の数字と実際の街の実感の間にはまだギャップがあることを示す指摘として印象に残りました。

出典: en.wikipedia.org(ウィキペディア)「Monument Park (Yankee Stadium)」のページキャプチャ
ヤンキー・スタジアムならではの象徴 — モニュメント・パークとブリーチャー・クリーチャーズ
ヤンキー・スタジアムの中堅外野の裏手には「モニュメント・パーク」という屋外の名誉の殿堂があります。5回見てもなお羨ましくなる象徴的な空間です。
起源は1932年、旧球場時代に監督ミラー・ハギンスを称える御影石の記念碑まで遡り、1985年から一般ファンに公開されました。
2009年に新球場へ移転する際、旧球場の記念物をそのまま移設し、現在は37枚のプレートと22の永久欠番が展示されています。
その中でも赤い御影石のブロックに刻まれる最高の栄誉は、これまでミラー・ハギンス監督とルー・ゲーリッグ、ベーブ・ルース、ミッキー・マントル、ジョー・ディマジオ、ジョージ・スタインブレナー球団オーナーなど、わずか6人にしか与えられていません。
入場券さえあれば無料で見られますが、試合開始45分前に閉まるので早めに動く必要がある点も覚えておくとよいでしょう。右翼外野席の203区域には1990年代半ばから続く「ブリーチャー・クリーチャーズ」という熱烈なファングループが陣取っており、彼らが試合開始前にスタメン9人の名前を一文字ずつ分担して叫ぶ「ロールコール」応援は、ヤンキー・スタジアムを象徴するファン文化として知られています。
歴史的な遺物をそのまま保存するモニュメント・パークと、毎試合繰り返される即興的なファンの儀式であるロールコールが一つの球場の中に共存していることが、ヤンキースというブランドがなぜこれほど長く力を保っているのかを示すヒントだと感じました。

KBO・Kリーグと比較すると
KBOは2025シーズン720試合(1球団あたり144試合)で通算1,231万2,519人、1試合平均1万7,100人、座席占有率82.9%という歴代最多記録を打ち立てました。
リーグ全体の平均と比べても、ヤンキース1球団の1試合平均観客数(4万1,885人)はKBOリーグ全体平均の2.4倍を超えています。
もちろん球場規模や市場自体が違うので単純比較は慎重にすべきですが、座席占有率だけを見るとヤンキースの90%とKBOの82.9%の差は思ったほど大きくない点も注目に値します。
むしろ国内球団が参考にできる点はネーミングライツ戦略の方向性です。ヤンキースのように球団名自体がすでにブランドとして完成している場合には、ネーミングライツを放棄すること自体が戦略になるという事実は、国内球団が長期的にブランド資産をどの時点から自力で強化し、どのように自前で所有する形へ転換していくかを考える際に参考になる事例だと思います。
セレブシェフとのF&Bコラボやストリーミング・ケーブルの二重化中継戦略も、規模の差はあっても国内球団がベンチマークする余地は十分にあると感じます。

Leave a Reply