一つの球場が10年以上空席を見せたことがなかったら、どんな気持ちでしょうか。
先月3月25日のブルックリン・ネッツ戦で、ゴールデンステート・ウォリアーズは2012年12月18日から続くホームゲーム完売の連続記録を、フランチャイズ新記録となる600試合に伸ばしたという知らせを受けました。
マイアミ・ヒートに次いで、現在進行中の完売記録としてはNBA全体で2番目に長い記録だそうで、チームの成績に関係なく座席が継続的に埋まる仕組みがマーケターとしては最も羨ましい点です。今回はNBAのアイコン、ステフィン・カリーがプレーするクラブの本拠地チェイス・センターを詳しく見てみることにしました。

チェイス・センターは2019年9月にサンフランシスコのミッションベイ地区に開場した競技場です。
米国のプロスポーツ競技場は自治体が税金で建設しクラブが賃借するケースが多いのですが、チェイス・センターは珍しくウォリアーズが公的支援を受けずに総額14億ドル(2025年の貨幣価値で換算すると約17億6000万ドル)を自己調達して建設しました。
一般に「私的資金調達」と呼ばれる方式で、簡単に言えば税金が一銭も入らない純粋な民間投資の競技場という意味です(ウィキペディア、建築コンサルティング会社CAA ICONの資料基準)。
座席規模はバスケットボール基準で1万8064席、コンサートなど他のイベント基準では1万9500席まで拡張されます。
個人的に印象的だったのはプレミアム席の細分化です。約130のプレミアムスペースが44のクラブスイート、32のコートサイドラウンジ、60のシアターボックスに分かれており、スイートの価格は対戦相手や日付によって1試合あたり8,000〜3万ドル、比較的手頃なシアターボックスでも1,500〜6,000ドル台で形成されています。単一の価格表ではなく、予算や目的に合わせて選べる複数段階の商品ラインナップが用意されているわけです。

競技場を取り囲むスライブ・シティ(Thrive City)はウォリアーズとカイザー・パーマネンテが共同で整備した複合施設です。
カイザー・パーマネンテは米カリフォルニアを拠点とする大手病院・健康保険運営企業で、チェイス・センター公式サイトはこの複合体を「健康とウェルネスのためのコミュニティ空間」と紹介しています。
完成したリテール・飲食スペースには20〜25店舗が入居し、オフィススペースにはウーバー本社が入っています。ダンプリング・タイム、チーフィコ・ピッツェリア、ゴールデン・ルールなどサンフランシスコの有名飲食ブランドが出店しており、ヨガ・フィットネスクラスやファーマーズマーケット、アイスリンクといった無料のコミュニティプログラムも常時運営されています。試合のない日でも人が集まる理由を構造的に作っているわけです。

商品(MD)面ではゴールデンステート・ショップが核になっています。
カリーのサイン入りユニフォームを額装したものを販売しており、価格は数十万〜数百万円台とかなり高価だと言われますが、個人的にはコレクション価値があるように思います。
スライブ・シティ広場にあるこの店舗はナイキとパートナーシップを結んでおり、ウォリアーズはもちろん、2025年のリーグ初年から全ホームゲームを完売させた女子プロバスケットボール(WNBA)ゴールデンステート・ヴァルキリーズのグッズまで一店舗で販売しています。
ヴァルキリーズは最近スポーティコの評価で8億5,000万ドルの価値が認められ、初年度だけでWNBA史上最高記録となる7,800万ドルの売上を上げたと伝えられています。シーズンチケット保有者が1万2,000人を超え、そのうちウォリアーズのシーズンチケットと重複する割合がわずか8%に過ぎないという点は、個人的に興味深いところでした。
国内ではkt wizプロ野球団とkt 소닉붐(ソニックブーム)プロバスケットボール団が同じ球場を使っているわけではありませんが、同じ水原(スウォン)を拠点にしており球団側でもシーズンチケット共有などのマーケティングを積極的に行っていますが、種目ごとにファン層が異なるのはどうしようもないようです。
事実上別個のファンダムを新たに生み出したことになり、それだけMD店舗が扱う商品群も広がったという意味でもあります。
広告・スポンサーシップ構造で最も象徴的な契約はやはりスタジアムの命名権です。JPモルガン・チェースは2016年に20年契約を結び、ネーミングライツ(施設名に企業名を付ける対価として受けるスポンサー契約)を確保しました。契約当時、双方が正確な金額は公開しませんでしたが、業界では年額1,000万ドルを軽く超えると推定され、総額ベースでは3億〜4億ドル規模と伝えられています。
これは当時の基準で米国アリーナ(ドームやスタジアムではなく屋内競技場施設)史上最高額のネーミングライツ取引と見なされました。ユニフォームスポンサーとしては日本の楽天が2017年からジャージパッチ(ユニフォーム袖に企業ロゴを付ける広告形態)パートナーとして参加しており、最近報じられた更新契約の規模は年約2,000万ドル程度とされています。
楽天はジャージロゴの露出にとどまらず、チェイス・センター創設パートナーの地位まで持っており、選手入場通路である「Rakuten Runway(ラクセテン・ランウェイ)」のような空間ネーミングにも拡張されています。
これだけパートナーシップが重層的に積み上がると、スポーツビジネスメディアのスポーティコはウォリアーズのホームゲーム1試合当たりのチケット売上だけで約500万ドルと推定し、球団の売上自体がニューヨーク・ニックスやLAレイカーズよりも約35%高いという評価を出すこともありました。

ファンの利便性と技術面では、決済と入場動線を短縮する工夫がはっきり見て取れます。
2022〜2023シーズンにパイロットとして始まり、現在は常設となった無人店舗「Amphim ASAP Grab & Go」はベルライゾン・ビジネスの技術を活用し、カードをタグして入場し、欲しいスナックやドリンクを手に取って出れば自動決済される方式です。
レジに並ぶ必要がなく、年齢確認が必要な場合だけスタッフが介入するとのことです。これに加え、2024年からは顔認証基盤の自動出入システムや、Big Nate’s Barbecue(ビッグネイツ・バーベキュー)店舗で使えるフェイス決済(JPモルガン・ペイメンツとPopIDの協業)キオスクも段階的に導入されています。
顔認証だけで決済まで完了する仕組みですが、球団は個人情報保護の手続きも併せて案内しています。
米国のスポーツ旅行専門ブロガーによるチェイス・センター訪問記を見ると、こうした投資が実際の観戦体験につながっている点がいくつも見受けられます。
旧本拠地オラクル・アリーナの狭かったコンコースと比べ、チェイス・センターのメインコンコースが格段に広くなった点や、コートのほぼ全長を覆う中央電光掲示板がNBAで最も大きいという点を印象深く挙げていました。
特にチェイス銀行の顧客のみが利用できる専用ラウンジがあるという点も触れられていました。ネーミングライツパートナーであるJPモルガン・チェースが名前を貸すだけでなく、実際の顧客特典としてスポンサーシップを拡張した事例で、マーケターとして注目に値します。
ただし同じレビューでは200レベルのクラブスペースにおけるモデル・カンティーナのビュッフェ利用料が55ドルに達する点や、中心街のど真ん中であるため駐車料金も概して高めである点を残念なポイントとして挙げており、こうした価格抵抗はプレミアム体験を販売する構造では常につきまとう課題だと感じました。
この規模をそのままKBOやKリーグと比較するのは無理があります。
チェイス・センターはNBAとWNBAの二つのフランチャイズが一つの建物を分かち合い、年間200回を超えるイベントをこなす私的資金施設であり、国内の多くのクラブは自治体所有の施設を賃借して運営する構造だからです。
ただしプレミアム席を一つの等級にせずクラブスイート・コートサイドラウンジ・シアターボックスのように価格と体験が異なる複数の段階に細分化した点、MD店舗をチーム一つのグッズショップにとどめず女子プロチームまで含めた複合リテール空間に育てた点はマーケターとして注目に値すると感じました。
国内でもkt wizパークやハンファ生命ボールパークのようにスマート入場やF&Bの革新を試す球場は増えていますが、顔認証決済や無人店舗を常設規模で定着させた事例はまだ稀です。
完売記録も同様です。国内クラブも特定のスター依存度を下げる方向のファン多角化戦略や球場のリモデリング、利便施設の改編などについて、より真剣に検討すべきだと考えます。

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