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「他のチームには、うちにはないATMがあるようだ」
この7月、グリーンベイ・パッカーズのエド・ポリシー社長兼CEOが年次の財務報告の場で口にした言葉です。
数字だけを見れば、泣き言のように聞こえます。
パッカーズは2026会計年度(2025年4月~2026年3月)に球団史上最大の7億5,300万ドルの売上を上げ、純利益は1億3,250万ドルと前年より54.8%増えました。
ところが、この言葉にはこの球団ならではの事情が隠れています。
パッカーズはNFLで唯一オーナーがいないチーム、正確にはファン53万人あまりが株式を分け合っているチームです。
他の球団がプライベート・エクイティに少数株を売って数か月でまとまった資金をつくるとき、パッカーズにはその扉が最初からありません。
現地時間9月24日木曜日の夜、パッカーズはアトランタ・ファルコンズを迎えて今シーズンのホーム開幕戦を戦いました。
ランボー・フィールドが開場して70シーズン目でもありました。
開幕戦を前にこの球団の数字を集めて整理してみると、現役マーケターとして興味深い点が次々と出てきました。
もっと稼げる場面であえて稼がない選択をし、その選択がまたブランド価値として返ってくる構造でした。
今回の記事は、その選択についての話です。
ファンがオーナーの球団の数字
球団の公式の株主案内ページに記されている数字は、株主53万8,967人、株式約520万株です。
1923年に非営利法人として出発し、これまでに1923年、1935年、1950年、1997年、2011年、2022年の6回株式を販売しました。
直近の公募は2021年11月から2022年2月まで1株300ドルで行われ、集まった資金はランボー・フィールドの改修に充てられました。
この株式には配当がなく、シーズンチケットの優先権のような特典も付きません。
1人が20万株を超えて保有できないよう定款で定められていて、誰かが株を買い集めて球団の経営権を握る道も閉ざされています。
投資というより、額に入れてリビングに飾っておく、帰属意識の証書に近いものです。

ランボー・フィールドのアトリウム外観、2017年1月撮影。右側のガラス外壁にビールブランドのロゴとLAMBEAUの文字が一緒に掲げられている · 出典: Wikimedia Commons (Tony Webster, CC BY-SA 2.0)
問題は、この構造が資金調達では弱点になることです。
パッカーズが30年以上かけて積み立てた非常用準備金は7億100万ドルですが、ポリシー社長は、他の球団は少数株の売却でこの程度の金額を数か月で用意できると指摘しました。
価値評価でも違いが見えます。
経済誌フォーブスが9月9日に発表したNFL球団価値で、パッカーズは86億ドルで32球団中20位でした。
前回取り上げたシアトル・シーホークスが今年96億1,200万ドルで売却され、同じ順位表で14位に上がったのと並べてみると、ファンの愛情と市場価値のランキングが必ずしも同じ方向に動くわけではないことがわかります。
だからパッカーズは、稼げるところでは懸命に稼ぎます。
全体の売上のうち、リーグが分配する放映権・スポンサーシップなどの全国単位の収入が4億5,320万ドル、チケット・スポンサー・グッズ・イベントなどの自前の収入が2億9,980万ドルでした。
2025シーズンのレギュラーシーズンのホームゲームは前年より1試合少ない8試合でしたが、自前の収入は1,340万ドル増えました。
ポリシー社長は地元テレビのインタビューで、その秘訣を「チケット、Tシャツ、ホットドッグを売るスタッフの努力」と表現しました。
今後は自前の収入をさらに積極的に増やしていく方針も合わせて明らかにしました。
観客数とチケット — 転売アカウントは更新拒否
ランボー・フィールドは8万席を超える大型スタジアムで、1960年代初めからシーズンチケットだけで完売が続いています。
シーズンチケットの順番待ちリストに名前を載せている人は15万5千人を超えます。
前に紹介したシーホークスの順番待ちリストが1万2千人前後で締め切られたのと比べると、10倍を超える規模です。
これほど貴重なシーズンチケットなので、転売すればお金になります。
パッカーズが数年前から続けている更新拒否の措置は、まさにこの点を狙ったものです。
レギュラーシーズンのチケットを複数年にわたって100%転売したアカウントには、今年のシーズンチケットの再契約を受け付けませんでした。
営業担当のクレイグ・ベンゼル副社長は「転売だけを目的にシーズンチケットを買う人は、パッカーズのシーズンチケット保有者であってはならない」と言い切りました。
球団の広報担当者は地元テレビ局に、こうして回収した席のおかげで、ここ数年で1,000人を超える新しいシーズンチケット保有者を迎えられたと説明しました。
何十年も待った人たちがその席を埋めたことになります。
価格はむしろ抑えられています。
2026シーズンのレギュラーシーズンの座席価格は、南エンドゾーン700レベルの143ドルから20ヤードライン間の218ドルまでで、前年より1試合あたり4~22ドル上がりました。
プレシーズンマッチの価格はおおむねレギュラーシーズンの半分です。
ポリシー社長はシーズンチケット保有者に送った手紙で、平均チケット価格をNFL全体の中間水準に合わせることが目標だと明らかにしました。
需要はリーグ最上位クラスです。
5月の日程発表直後の12時間、チケット取引プラットフォームのシートギークで最も多く売れた球団がパッカーズで、10月11日のシカゴ・ベアーズとのホームゲームは、当時の平均再販価格が831ドルでした。
定価の何倍もの値が付く市場がすぐ隣にあるのに、球団はその差益をシーズンチケット保有者が得る構造を防ぐ道を選びました。

2016年12月のシアトル・シーホークス戦当時のランボー・フィールド観客席のパノラマ。観客が一緒に写っている · 出典: Wikimedia Commons (Mtyson84, CC0)
観客席の体験も、この球団の性格をそのまま表しています。
下層の観客席は今も背もたれのないアルミのベンチです。
地元のあるスタジアム観戦ブロガーは、寒い日に金属のベンチに座った瞬間にここが古いスタジアムだと実感すると書き、8万人が入る高校のスタジアムのようだと表現しました。
旅行レビューサイトには、10ドルを払って背もたれ付きのクッションを借りるようにというアドバイスが必ずと言っていいほど載っています。
別のアウェイのファンブロガーは、企業顧客は上のスイートルームに別に入り、下の観客席は試合を見に来た本物のファンで埋まっていて、隣の席の地元ファンのほうから先にどこから来たのかと声をかけてきたと振り返っていました。
現役マーケターとして、この点が最も羨ましく感じました。
不便な座席さえ「ここに来た証」として受け入れさせる力は、広告予算で買えるものではないからです。
転売業者をふるいにかける更新拒否の措置も、結局はこの観客席の雰囲気を守るための仕組みと読めます。
観客席にまつわる伝統もひとつあります。
タッチダウンを決めた選手がエンドゾーン裏の観客席の壁に飛び上がり、ファンの腕に抱きとめられる「ランボー・リープ」です。
1993年12月26日のロサンゼルス・レイダース戦で、ディフェンスバックのルロイ・バトラーがファンブルを拾ってタッチダウンを決めた後に初めて飛び上がったのですが、体が壁を越えきれず、観客が引っ張って抱き上げたといいます。
選手が観客席に入り込むセレモニーが30年以上にわたってスタジアムの象徴として残っていることも、このスタジアムの持ち主が誰なのかをよく表しています。
名前は売らず、門と広場は売る
ランボー・フィールドという名前は1965年、球団の共同創設者で初代監督のカーリー・ランボーの名前にちなんで付けられました。
開場当時の名前はグリーンベイ・シティ・スタジアムでした。
ポリシー社長は財務報告の場で、ネーミングライツ(施設に企業名を付けられる権利)の販売を収入源として検討すると言いつつも、ランボー・フィールドの名前だけは変えないと一線を引きました。
数日前に取り上げたマディソン・スクエア・ガーデンも名前を売らないスタジアムでしたが、あちらが名前そのものが巨大なブランドで売る理由がないケースだとすれば、ランボー・フィールドは名前がそのまま創設者であり球団の歴史なので売れないケースに近いです。
その代わり、スタジアムの随所にある広告インベントリ(スタジアムの内外で販売できる広告スペースと権利)は緻密に売っています。
アトリウムの正門には長らく「ミラーライト・ゲート」という名前が付いており、観客席側にはミラーライト・デッキやミラーライト・ラウンジのようなブランド空間があります。
試合前のテールゲート・スペースは「ジョンソンビル・テールゲート・ビレッジ」というソーセージブランドの名前を冠しています。
今年4月には、スタジアム西側の複合施設タイトルタウンの中央広場の芝生に、地元の医療機関の名前を付けた「エンプリファイ・ヘルス・フィールド」ができました。
ポリシー社長は、練習施設の名前も販売対象になり得ると述べました。
象徴は守り、周辺の資産で収益をあげる方式で、スタジアム名ひとつで大型契約を取るより手間はかかりますが、ファンの反発を招く余地はそれだけ小さい道です。

ランボー・フィールドのアトリウム正面。入口の上にMILLER LITE GATEの表記とビンス・ロンバルディ像が見え、行き交うファンも一緒に写っている(2009年9月撮影) · 出典: Wikimedia Commons (CdbgLaurie, CC BY-SA 4.0)
グッズ(MD)とF&B — 株券がユニフォームになる
今年のグッズで最も目を引くのは、NFLライバルリー・オルタネートユニフォームです。
ナイキとNFLがディビジョンのライバル戦のためにつくる特別ユニフォームで、パッカーズはそのテーマを「ファン・オーナーシップ」に設定しました。
パンツとヘルメットに使ったアラバスター色(淡い象牙色)は古い株券の黄ばんだ紙を、背番号の版画のような模様は紙幣のデザインを模したものだと球団は説明しています。
50万世帯を超える家に額入りで飾られている株券がデザインの出発点だったということです。
ユニフォームは10月11日のベアーズ戦で初披露され、関連グッズは9月1日からプロショップの店舗とオンラインで販売が始まりました。
球団の所有構造をそのままグッズのストーリーにしたケースで、現役マーケターとしては、この企画書がどうやって通ったのかを想像するだけで楽しくなりました。

グリーンベイ・パッカーズのNFLライバルリー・オルタネートユニフォームの公式プロモーション画像。中央はクォーターバックのジョーダン・ラブ(10番) 出典: packers.comライバルリーページのキャプチャ
ショップ自体も大規模です。
あるアウェイのファンブロガーは、アトリウムのプロショップをデパートの1フロアほどの広さだと表現し、人が多すぎて広いのかどうかもわからなかったと書いていました。
アトリウムは殿堂やレストランまで備えていて、試合のない日も営業している観光スポットの役割を果たします。
グッズ販売は海外にも広がっています。
11月にドイツのミュンヘンで行われるNFLの試合に合わせて、パッカーズはカンザスシティ・チーフスと一緒に3日間のポップアップストアを開き、オクトーバーフェストのデザインを施した限定グッズを販売することにしました。
人口10万人ほどの都市の球団が、ミュンヘンの中心でグッズを売ることになります。
食べ物は徹底してウィスコンシン流です。
ブラートヴルスト・ソーセージと揚げたチーズカードが看板メニューで、ビールはウィスコンシンの地元醸造所のブランドが多いです。
あるスポーツ旅行ブロガーは、ビールの価格がNFLの基準でも高めだと指摘しましたが、スタジアムの中で地元ブランドを売る仕組みが、訪れた人に「ウィスコンシンに来た」という印象を残す効果は明らかに見えます。
ランボー・フィールドとスタジアム内のすべての店舗は、駐車場も含めてキャッシュレス決済で運営されています。
放映権と地域経済 — 試合のない日のランボー・フィールド
パッカーズの売上の60%ほどは、リーグが放映権などをまとめて32球団に分配する全国単位の収入です。
今年の財務諸表では、放映権の成長のほかに特異な項目もひとつありました。NFLが自前の放送チャンネルであるNFLネットワークをESPNに譲渡して受け取ったESPNの持ち分を32球団が均等に分け合った分が、営業外収益(試合運営という本業の外で生じた利益)として計上されたのです。
今回のホーム開幕戦も木曜夜の試合だったため、アマゾン・プライム・ビデオで中継され、グリーンベイ地域ではNBCのチャンネルでも放送されました。
人口の少ない都市の球団が大都市の球団と競える基盤が、まさにこのリーグ共同の分配構造です。
自前の収入を増やそうとする努力は、試合のない日に際立ちます。
この5月のカントリー歌手ルーク・コムズのコンサートは、土曜日1日だけで51,981人が入り、単独歌手のコンサートとして最多観客記録を打ち立て、前日の金曜日の公演40,559人を合わせると、週末2日間で9万2,540人がスタジアムを訪れました。
ランボー・フィールドで同じ歌手が2日連続で公演したのも初めてでした。
今月初めには、来年2月20日にウィスコンシン大学の男女アイスホッケーチームがランボー・フィールドでミシガン大学(男子)、オハイオ州立大学(女子)と続けて試合を行う「フローズン・ツンドラ・フェイスオフ」が発表されました。
ウィスコンシン州観光局がイベント名を買って後援し、ランボー・フィールドで大学アイスホッケーが行われるのは20年ぶりです。
寒さで有名なスタジアムの愛称「フローズン・ツンドラ(凍てついた凍土)」を、むしろ商品に変えたわけです。
スタジアム周辺もひとつの商圏です。
パッカーズが主導して約3億ドルが投じられたタイトルタウンの複合施設には、この1年間で100万人近い来訪者が訪れ、球団の地域寄付・社会貢献の規模は1,500万ドルと、前年より200万ドル増えました。
試合日には、スタジアムの道を挟んだ向かいの住宅街がまるごと駐車場になります。
あるアウェイのファンブロガーは、家主たちがガレージ前の私道や前庭を駐車スペースとして貸し出し、半径800メートル以内のほぼすべての家がそれぞれテールゲート・パーティー会場になると伝えていました。
スタジアムが都心の外れの孤島ではなく、街の真ん中にあるからこそ生まれる風景です。

空から見たランボー・フィールドと周辺の住宅街、2015年7月撮影(タイトルタウンの複合施設が2017年に開業する前の姿) · 出典: Wikimedia Commons (relux., CC BY-SA 2.0)
KBO・Kリーグと比べてみると
ファンが株主になる仕組みは韓国にもあります。
大邱FCは創設過程だった2002年末の第1次市民株公募で、地域住民3万3,600人が株式を申し込みました。
その後、市民・道民のクラブがいくつも生まれましたが、株主名簿が球団の物語やグッズとして活発に活用されている姿はなかなか思い浮かびません。
パッカーズが株券をユニフォームのデザインに変えたように、市民株を持つクラブなら、株主名簿そのものをクラブの歴史コンテンツに、創設株主向けの限定グッズとして展開する余地は十分にあると思います。
パッカーズが株主専用のグッズコーナーをオンラインストアに別に設けている点も参考になります。
チケットの面では、アプローチの違いが興味深いです。
韓国では、マクロプログラムを使った入場券の不正販売を法律で処罰し始め、政府が処罰の範囲を広げる法改正を進めると明らかにしたことがあります。
法がダフ屋を追いかける方式です。
パッカーズは、法の前に、球団とシーズンチケット保有者の間の契約の段階で問題をふるい落とします。
転売記録を見て更新を受け付けないのは球団が自らできることで、順番待ちの人に席を回すという大義名分まで備えています。
完売試合の多い韓国の球団なら、シーズンチケットやメンバーシップの約款に「繰り返しの転売時は更新を制限」といった条項を入れてその理由をファンに透明に説明すれば、取り締まりとは違う方向から客席の雰囲気を守れるのではないかと思います。
ランボー・フィールドの数字を整理しながらずっと頭に浮かんでいたのは、この球団が最も大きく売っている商品は結局「帰属意識」だということでした。
配当もない株式を50万人以上が買い、何十年も待って手に入れたシーズンチケットを冷たい金属のベンチで使うファンがいるからこそ可能なことです。
現地時間24日夜に行われた70シーズン目最初のホームゲームで、そのベンチがどんな歓声で満たされたのか、試合結果や現地の様子はあらためて追いかけてみるつもりです。
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